弁護士山内良治 兄からのサンデイ毎日「“ゴマ信用”にみる社会的個人信用格付けの実態」(3)

要するに、中国では、社会信用度の点数の向上や維持に関心が集まり、すでに日常の死活問題になっているようです。実際、ブッラク・ボックスになっているゴマ信用の信用度を上げるための攻略法が推定されて、SNS上で盛んに情報交換されています。それによれば、支払期日の厳守は言うに及ばず、SNS上の交友関係は信用度の高い友を選別して広げることや、本人の信条や価値観に関わりなく、積極的に寄付を行うこと、交通規則など社会ルールは守ることなど、推奨されています。

中国では、人々は、予測アルゴリズムへの高評価獲得対策として、積極的に社会のマナーを守り、健康管理をし、親のために高額の紙おむつをアリババのネットで買うなど善行を積み、「品行方正」になろうと努力するでしょう。伝統的に国民の規範意識を高めることに苦労してきた中国の統治者にとって、国民の社会信用格付けほど、都合の良いものはないようです。

しかしその裏では、国家による自国民の監視能力が高まり、監視社会に移行します。政策に異議を唱え、反政府運動する者は、ならず者として格付けは下げられ、様々な選択の自由が奪われます。国家への政治的服従が強いられ、個人のプライバシーの保護や、私的自由、個人の自律といった基本的人権を犠牲にする両刃の剣です。

だが、現在のところは、中国では、高い信用度が、「ステータスシンボル」になっており、「正直者が得をするシステム」としてゴマ信用の格付け制度は、おおむね国民に歓迎されているようです。「個人がプライバシー侵害の犠牲を払ってでも、面子を保つことを何より大事にする中国人の気風や自尊感情をうまく利用したシステム」だと言えます。

一方、欧州は「EU一般データ保護規則(GDPR)」により、政治的統治の効率性や治安維持よりも、個人の権利と行動選択の自由を優先させようとしています。過去の個人の取引情報など、個人の情報を消し去るように、企業に請求する権利が承認されて、実行されています。「ビッグデータから過去の個人情報を消し去る「忘れられる権利」の行使です。個人の様々なビッグデータ情報を、国家など第三者が、個人の社会信用格付けとして使うなどは、ありえないと考えています。

米国では、テロの脅威に備えるために、蓄積されたビッグデータの個人情報を使って、「テロや様々な犯罪の発生を、事前に予測するアルゴリズム」の導入が、司法や警備の領域で進んでいます。個人の人権と治安維持のバランスをどう両立させるかに苦慮しているようです。

さて、私たちは日本は、予測アルゴリズムを使った国民の社会的信用格付けに対して、どのような態度で臨むべきなのでしょうか?個人の自由と監視社会化をどうバランスをとるのか?。高度情報化社会を、安心して生き抜くには、難しい個人情報管理の選択に迫られています。

それではまた。

山内一三 記

(弁護士山内良治 兄からのサンデイ毎日「“ゴマ信用”にみる、社会的個人信用格付けの実態」)

弁護士山内良治 兄からのサンデイ毎日「“ゴマ信用”にみる社会的個人信用格付けの実態」(2)

つまり、学歴や職業ステータスが高く、また収入や預金額が多いほか、支払いを滞りなく行っており、友人関係も社会信用格付けの高い友人と付き合い、定期的に散歩をするなど日々の健康管理に気を配り、健康的な栄養バランスの良い生活を送っているほど、個人の信用生活の予測アルゴリズムは、その人物の信用度を高く評価します。そして、信用度が高いほど、個人は、より良いサービスを受けることができます。それこそが「信用生活」と呼ばれるサービスです。

日常生活から集められる一つ一つのデータは、ゴマのように小さな断片ですが、それを集積すると、人格がくっきりと浮かび上がります。NHKのクローズアップ現代では、「金回りも、恋も、点数次第!巨大企業が個人を格付け」と題して、ゴマ信用が日常生活に浸透した「信用生活」の状況を報道していました。若者たちの間では、合コンなどで集まると、まず、相互にゴマ信用の得点情報を見せ合い、相互に相手の人格度をチェックしていました。

今や、中国では、人口の半数にあたる7億人が、ゴマ信用の格付けを取っています。高得点を取っている人は、「とてもすばらしいシステムです。私の信用力が高いことを点数で示してくれます。」と得意げです。これを運営しているアリババグループのジャック・マー会長は、「ゴマ信用が社会を根底から変える」と断言しています。「私たちはシステムを利用する全ての人の社会的信用度を、点数で格付けをします。将来、女性の母親はこう言うでしょう。『うちの娘と付き合いたいなら、君のゴマ信用の点数を見せてごらん』。と」

ゴマ信用の点数はどのように決まるのか?点数を決めるのは、細かな日々の個人が発する情報です。買い物履歴や、アリババが手がける金融ローンの返済状況、さらに学歴などです。また、高級レストランなどで食事をしているのか?SNSなどによる友人関係の情報や、「アリババを通じてダウンロードしているゲームを、1日何時間しているのか?」「散歩など健康管理をしているか?」などです。

さらに、加えて、交通違反や裁判所が公表する犯罪や罰金などの公的情報、「駐輪場などで、社会ルールを守って自転車を決められた場所に、停めているか?」「交通信号を無視をしていないか?」などの監視カメラがとらえたルール違反者情報も、判断材料としており、まさにゴマ粒のようないくつもの日々の個人情報をAIが分析して、950点満点で点数化します。

点数に応じた格付けは5段階で、350から500点の人は「やや人格が劣る」とされ、700点以上の人は、「大変よい人格の持ち主」と、みなされます。

点数しだいで、利用者はアリババが提携する企業や団体から、さまざまなサービスを受けられます。例えば550点以上の人は、街なかで携帯の充電が無料。さらに点数が高いと、病院の予約が優先され、低い金利でローンが組める、航空券が優先的に購入できるなどの優遇が受けられます。社会的信用得点が高いと、他人に人格も高いと評価されるため、社会生活が何事もスムーズです。不動産の賃貸契約も、高信用格付けの人は、将来性があるとして信頼され、取引が優先されます。

(つづく)

弁護士山内良治 兄からのサンデイ毎日「“ゴマ信用”にみる社会的個人信用格付けの実態」(1)

お元気ですか?

周期的に春雨が降り、土は十分に湿気を含み、強くなった日中の日差しに土が温められる、この時期の季節のリズムに、植物のみならず地中の虫たちの命のリズムも呼応し、眠りから揺り覚まされるようです。地表を這うハコベはたくましく根を張って茂り、昆虫も花に集まり、3月6日から啓蟄に入りました。色とりどりの木々の芽吹き時を迎え、刻々と景色が移る躍動感のある、心の弾む季節です。

先日、久しぶりに名古屋城に訪れました。海外から、観光客が押し寄せるおかげで、地域興しも兼ねて、各地で観光施設の復興が進んでいます。名古屋城も、天守閣の南側に、第二次世界大戦の戦災で焼失した本丸御殿が復興し、公開されています。この本丸御殿は、かって近世城郭御殿の最高傑作と言われ、国宝に指定されていた建物で、現在、国宝になっている京都二条城の二の丸御殿と並ぶ、武家風書院造の双璧でした。

戦災により本丸御殿は失われましたが、取り外すことができた襖絵や天井板絵などは疎開し、焼失を免れ、1,047面が健在で、国の重要文化財の指定を受けています。狩野貞信や狩野探幽など狩野派の絵師により描かれ、自然風景画が多いのですが、部屋ごとに異なる題材で床の間絵、襖絵などが、絢爛豪華に彩られていました。

今回再建された本丸御殿には、狩野派芸術をよみがえらせるため、当時と同じ素材や技法を使い、ミクロ単位の緻密さで、完成度の高い復元模写をされました。襖絵などは鮮度が高く、ほぼ完成当時の姿に復活し、燦然と金箔の存在感を放っていました。京都の二条城にも立ち寄ると、ここでも長期にわたった障壁画の復元模写がほぼ完成し、観光客が押しかけていました。江戸時代の城郭御殿の双璧の障壁画の完成で、観光資源としても、十分な見応えが感じられました。

さて、今回は、アリババグループが運営する与信会社の、「ゴマ信用」です。中国が、来年に完成させようとしている「個人の社会信用格付けシステム」の基本的な仕組みの、先駆けです。現在、中国最大手のアリババ・グループ傘下にあるゴマ信用が展開する「与信管理サービス」の事例が、今後の国家の社会信用システムを理解するための参考になると思い、以下紹介します。

ゴマ信用は、アリババ・グループの電子商取引などの決済をするための第三者決済機能を担います。また、中国人が買い物に利用する電子マネー「アリペイ」を運営することを、主たる業務としています。このため、個人の信用度を分析する必要があり、「個人の与信管理サービス」を提供しています。

ゴマ信用では、アリババ・グループが運営する電子商取引のプラットフォームを通じて収集された個人の取引情報、代金の支払情報、クレジットカードの利用状況など、日常の個人情報を逐一収集分析して、個人の与信可能な信用調査をしています。

自社で運営する個人の取引情報や個人金融の貸出情報などを基に、「人工知能(AI)を駆使した予測アルゴリズム」によって、次の5つの要素を評価し、個人の信用度を350点から950点の範囲で得点化しています。基本的にはスコアの数値が高ければ高いほど良くて、700~950点が極めて良好、650~699点がとても良い、600~649点が良い、550~599点が普通、350~549点がやや低いというように、信頼力がランク分けされます。

評価に使う5つの要素は以下の通りです。

(1)年齢や学歴や職業などの属性

(2)支払いの能力

(3)クレジットカードの返済履歴をふくむ信用履歴

(4)ネット上のSNSなどでの交流履歴と交友関係

(5)政府の公開個人情報、政府の監視システムから得た日常の生活の場での行動や、ネット取引情報から得られる趣味嗜好

(つづく)

弁護士山内良治 兄からのサンデイ毎日「個人の社会的信用が数値で格付けされる時代に?ビッグデータによる監視社会の到来!」(3)

さて、中国は、広大な領土に多大な人口を擁しており、昔から統治者は「いかに国内の秩序をもたらすか」に頭を悩ませてきました。秦の始皇帝以来、中央集権的な皇帝制度を取り、中央官僚による国家統治が続いてきました。そして伝統的に、「個人の基本的人権よりも、国家全体の秩序と安全維持」が優先されてきました。長い歴史の中で、強権による恐怖の圧政、寛容による仁政、儒教など教育による統制など、さまざまな統治が試みられてきました。

今回の中国政府による社会信用システムの構築は、高度情報化社会に適応し、「AI(人工頭脳)を用いた予測アルゴリズム(問題解決のための処理手順)」という画期的な情報テクノロジーが、基盤になっています。中国では、長年にわたり食生産や医薬品製造の安全性は保たれておらず、偽装や偽造、詐欺、脱税に官僚の腐敗、学術上の不正も横行し、治安当局の取り締まりは、容易ではありませんでした。

そのため、中国では、偽造、偽装、詐欺など偽情報を排除するために、企業や消費者の社会的取引コストはかさみました。また、様々な不正や暴動が横行する中、政治秩序や経済秩序を維持するための行政のコストも大きく、不正をなくし、規範意識を高めることは、切迫した政治課題でした。

新たな治安維持の統治手法として導入されるのが、「AIを用いた予測アルゴリズム」を用いた国民の信用格付け制度です。これは、オンライン上の取引情報や情報の閲覧履歴、懲罰の有無、日常生活における人間の行動の観察履歴といった個人情報を総合的に分析し、過去の履歴から人格を判断し、数値で格付けします。

「日常生活において、社会の様々なルールを守れない人は、借金の返済も滞る確率が高い」とか、「健康管理に無頓着な人は、怠惰で向上心に欠ける」とか、「政府に反抗的な行動をする人間は、治安を乱す可能性が高い」など、様々な相関関係をAIで計算して、格付けに用います。

このため、中国全土には、3億台近い監視カメラが設置されており、うち1.7億台のカメラには、高度な顔認証システムが搭載され、雑踏の中からでも、個人が特定できます。身近なところでは、監視システムが、交通規則を無視して道路を横断する歩行者を特定し、その人物の顔と名前を道路脇のディスプレーに映し出しています。2020年までには、顔認証システムを搭載した4.5億台の監視カメラを設置する計画です。

今後国家が、構築する「社会信用システム」の基本的な仕組みは、すでに中国社会で先行運用されているゴマ信用などの民間企業が展開する「与信管理サービス」と、基本的には同様のものになると予想されます。現在、中国最大手のアリババ・グループ傘下にあるゴマ信用が展開するサービスの具体的事例が、今後導入が予定される、中国の国家の社会信用システムを理解するための参考になると思います。次回に紹介します。

それではまた。

山内一三 記

(弁護士山内良治 兄からのサンデイ毎日個人の社会的信用が数値で格付けされる時代に?ビッグデータによる監視社会の到来!」終わり)

弁護士山内良治 兄からのサンデイ毎日「個人の社会的信用が数値で格付けされる時代に?ビッグデータによる監視社会の到来!」(2)

中国では、公的機関での手続きは煩雑で、長時間待たされたり、若干の不備で何度も往復を余儀なくされるのが、日常です。が、高格付けの信用の人は、優先的に審査を受けたり、ネット上で手続ができます。一方、「懲罰」に関しては、比較的早い段階から試験運用が始まっています。中国では「法律で定められた義務を履行できる能力を持っているのに、履行しない人」を「信用失墜被執行者」の烙印を押し、中国語で借金を踏み倒す人のことを指す「老頼(ラオライ)」と俗称で呼ばれています。

中国最高人民法院(最高裁判所)から公布された「信用失墜被執行者リスト情報の公布に関する規定」が、2013年10月から施行されていて、この信用失墜被執行者の名前と身分証番号が、すでにネット上に公開されています。一度「信用失墜被執行者」と認定されると、日常生活の至る所で制限を受けるようになります。

具体的には、不動産の購入や改築、高級オフィスの賃貸などが禁止され、子供を学費の高い私立学校に入れることもできなくなります。また、飛行機の利用もできなくなり、一等寝台車などの利用も禁止され、旅行にも行けず高級ホテル、ゴルフ場も利用できません。就職にも差し支え、悪循環の落伍者の人生に陥ることが、余儀なくされます。

この政府の「社会信用システム」は、アマゾンと同様の中国の電子商取引の最大手である「アリババ・グループ・ホールディング」や、ソーシャルメディア大手の「テンセント・クレジット・ブリュー」といった民間企業が、以前から構築している「与信管理サービス」にかかわる個人の信用格付けやノウハウを取り込んで、運用されるとみられます。

政府は、すでに、中国人民銀行を通じて、2015年にアリババ・グループ傘下のゴマ信用など、民間企業8社の信用調査機関に、社会信用格付け制度を試験展開をさせてきました。そして、これらの民間信用調査機関と共同で、2018年に信用調査機関として「百行征信用」を新設し、ここに国民の信用に関する情報をすべて蓄積し、一元的に運用する体制を構築しています。

正式に許可書が交付された百行征信用には、国家の管理下にある業界団体の「中国インターネット金融協会」が36%を出資し、先に試験展開が許可された民間企業8社が、それぞれ8%ずつ出資して設立されました。

民間企業8社が保有する日々取引する顧客データベースや、それによってはじき出した信用格付けデータは、百行征信用を経由して、国家主導の社会信用システムに接続されるとみられます。格付けに必要なあらゆる個人情報が、百行征信用に日々集まり、国家も民間の信用調査機関も、横断的にこれを利用できます。すでに、中国最高人民法院(最高裁判所)から公布された「信用失墜被執行者リスト情報」などは、民間企業のアリババが運営する「ゴマ信用」で、利用しています。

(つづく)

弁護士山内良治 兄からのサンデイ毎日「個人の社会的信用が数値で格付けされる時代に?ビッグデータによる監視社会の到来!」(1)

お元気ですか?

地球規模で、ヒト、モノ、カネ、情報が自由に動き回る高度情報社会の真っただ中で、これまで培ってきた「顔見知り社会を前提としたさまざまな信用制度」が崩れていきます。グローバルなネット空間では、既存の信用システムが機能せず、偽情報に惑わされ、詐欺にあわないように、自己責任で情報の真偽の判断を下し、取引の意志決定をせざるを得ません。

氏素性のわからない者同士が、ネットを通じて出会い、様々な相対取引をする時代は、疑心暗鬼の不安と緊張の時代でもあります。このような高度情報社会における信用制度の欠如を補う新たな制度として、個人の社会信用格付けが、注目されています。

情報化社会の中で、企業や国家に蓄積された膨大なビッグデータを利用し、個人情報を集積して信用格付けを行う制度です。古くから信用が拠り所である金融業界では、専門の格付け機関が、国家や企業が公表する様々な情報を徹底分析して、国債や社債の信用度を格付けし、投資家のリスクを減らすための制度として、利用されてきました。

この信用格付の仕組みを、人間にも当てはめて、人格の格付けをします。より良い格付けを求めて、人は、より良く生きる自助努力をし、社会的秩序を守ろうとします。低い格付けや、格付け情報を持たない者は用心して遠ざけられ、相手にされません。偽情報による詐欺や社会不安などのリスクを事前に抑えて、国家の安定と安全を維持しようとするのが、個人の社会信用格付け制度です。

まず、中国で、国家が個人の社会的信用格付け制度の導入を計画しています。様々な民族が混じる14億人もの国民を管理する必要がある中国政府が、2020年を目指して、民間企業を巻き込んで、国民の社会信用システムの構築に取り組んでいます。

中国政府による個人の社会信用システムの構築は、2014年6月27日に国務院より発表された『社会信用システム建設計画要綱(2014-2020年)』(以下『要綱』)に則って推し進められています。要綱には、国民一人一人の社会信用を数値化して格付けするシステムを構築し、「社会全体の誠実性と信用度を向上させる」ものとして、期待されています。

「個人が社会のルールを違約した時には懲罰を与えて、しっかり遵守したときには、奨励策を与える制度を作り、それを全面的に機能させる」と明記されています。まず具体的な「奨励策」については、2018年6月から国家発展改革委員会が中心となり、検討しています。

「高い社会信用格付けを持った人には、役所、国営企業などにおいて、公的な手続きが簡素化されて、さまざまな便宜を受けやすくなります。たとえば、「銀行などのローンが、迅速に優遇金利で借りれる」、「内外の旅行手続きや、様々な事前審査が簡素化される」、「事前の保証金支払いも免除される」、「迅速に病院の診療が受けられる」などです。

(つづく)

弁護士山内良治 兄からのサンデイ毎日「 人生100年時代を生ききるための、“気づきの経済学”その3」(後編)

「プア充」という低所得層の生き方が、年金受給高齢者層へのヒントに

我が国でも、米国でも、デジタル技術になじんだデジタル世代は、それまでの世代と異なる生活信条を持ち、先進国のライフスタイルを変革する流れが見えてきます。米国では、2000年代に成人となったミレニアル世代のライフスタイル、我が国では、「プア充」と呼ばれる若世代のライフスタイルが注目されます。いずれも、モノに過度に執着しない生き方で、地球温暖化防止のための省エネ・省資源型の先進ライフスタイルです。我が国での「プア充」(年収300万くらいの所得層)も、デジタル革命が可能にしたスマホなどの情報端末を縦横に駆使し、地球にやさしく長期持続性のある、低生活コストのライフ・スタイルを実現しています。

すなわち、スマホが一台あれば、日々の生活に必要な情報の探索が出来ます。このため、不要なモノを所有せず、車も所有せず、家賃の安い狭い空間でも暮らせます。必要な日用品の所有は最小限にとどめて、100円ショップ、メルカリ、レンタル・リサイクル用品で間に合わせ、身近な自然の素材を食べる自炊、発泡酒、低価格ワイン、安価な外食チエーンの利用や、コンビニ弁当など、お金をかけずに需要を満たします。郊外に住みたければ、郊外には安価な空き家が増加しており、また、地方公共団体の移住優遇策に乗ることができます。さらには、田舎の農地利用の無償利用制度なども利用できます。

日常生活では、公共施設の情報をこまめにとって、自然公園、図書館、市民講座、地方コミュニティ主催のイベントに参加するなど、カネをかけずに楽しみます。仕事は、プア充の場合、生き甲斐を見出せない単純労働、補助的労働が多いのですが、私生活ではゆとりある暮らしの時間があります。家族関係、友人関係、近隣関係のなかで、人とのふれあいを楽しむという、物所有よりも心の触れ合いに、生きる価値を見出しています。

戦後生まれの団塊の世代が、自由を求めて生家を離れる核家族制度や持家制度、三種の神器をはじめとした大型家電や車など物所有へのこだわり、というライフスタイルが、人間の孤立化、物があふれかえったゴミ屋敷、自然破壊と地球温暖化を招いたことへの反動と言えます。

プア充が求める「物所有と心の自由」には、昔の隠遁生活者と共通した思考が読み取れます。兼好法師は、仏道修行に専念するために、官職を辞して隠遁生活に入ります。兼好の持論は、「人の心の動きは、外界のモノに沿う。外界の事情や物に、心は左右されやすい」。このため、「身辺の人事を必要最小限度に減らして秩序立つように整理し、生活行動パターンを単純化する必要がある。そうしなければ、心は日常茶飯事にとりまぎれて、あれこれと無駄な行動に時間を費やしてしまい、真理の道を求める生活が出来ない。」

われわれ現代人は、まさに心が、過度な欲望と情報と、日々の雑用に取り紛れて、自由な動きを失ってしまっていることに気付かされます。心が、物欲や仕事に囚われて、自由に躍動しないと、感性が鈍化し、生きている喜びが実感できません。ゴミ屋敷から離れようとする「断捨離精神」と共通しますが、プア充のように、できるだけ物所有を減らして、心の自由や人間関係を楽しむ省エネ、省資源型のコストのかからない生き方は、高齢者にも、参考になります。

また、過度な欲望や、物所有へのこだわりが薄れると、心が自由に働くようになります。高齢者にとっては、老後資金2000万円の有る無しよりも、日々の自然の大循環の摂理を捉える感性や、本来のありのままの人間存在が持つ、能力の可能性に気づく精神の有る無しの方が、はるかに重要な幸せに生きるための条件です。心が自由に働くことが、鬱病にもならずに、日々新鮮に生きる喜びを感じ取れる原点です。

以上のように、高齢者の場合も、過度に老後の必要資金額にこだわらなくても、デジタル情報を駆使して、生活に必要な膨大な情報を安価に集めて活用し、モノよりも心、さらに孤独を楽しむ習慣ができれば、人生は充実します。プア充の生き方をヒントに、豊かな精神生活が営めると思います。ただ重要なのは、高度情報化社会の恩恵を得るために、スマホなど、情報機器の利用技術の習得には、生涯しがみつくことが重要です。そうしないと、やがては切符も買えず、入場券も買えず、行先の探索もできずに、人との連絡も取れずに、引き籠ってしまいますから。

それでは、さらに、次回に続きます。

山内一三 記

(弁護士山内良治 兄からのサンデイ毎日「 人生100年時代を生ききるための、“気づきの経済学”その3」終わり)

弁護士山内良治 兄からのサンデイ毎日「 人生100年時代を生ききるための、“気づきの経済学”その3」(前編)

お元気ですか?

今回も、前回に続いて、人生100年時代を生ききるための、「気づきの経済学」の講演内容の報告です。

少子高齢化時代を生きるに必要な「生涯現役」志向

少子高齢化社会が進行している現在、我が国の経済は、極めて厳しい環境に置かれています。老年人口割合(65歳以上人口÷15歳から64歳の現役世代)を見ると、1970年10.3%でした。すなわち、現役世代が10人がかりで1人の65歳以上の高齢者を養っていました。そして1995年20.9%ですから5人で1人の高齢者を、2020年46.4%になり、ほぼ2人で一人の高齢者を養う計算です。さらに、2065年74.6%ですから 1.3 人で1人を扶養することになります。

「団塊世代が100歳に達する頃には、1:1で高齢者扶養負担を背負わされることになる現役世代が、子孫まで残せる余裕があるのか?」。人口予測は、大きく外れることはないため、それは近未来の現実です。1970年代初頭には、第二次ベビーブームで年間200万人に達していた出生者数が、2019年には86万人まで減少し、年間50万人の人口自然減になっています。今後、さらに出生者数は減り、人口減少が加速します。

人生100年時代は、すでに、団塊世代が、平均健康寿命(男72歳、女75歳)を超えて要介護に陥る年齢に達しつつあります。現在、かさばる高齢者の介護・扶養負担と少子化対策をめぐって、資源配分をどうするのかが、大きな政治社会問題に直面しています。政府は、とりあえず高齢者の若返り現象を利用して、即効性のある定年の延長や、生涯現役で働ける制度づくりに活路を見出そうとしています。有効な政策です。

もし75歳までの定年延長と生涯現役制度が実現し、74歳まで働いて年金をかけ続ける社会になれば、高齢者負担問題はかなり緩和されます。75歳以上を「支えられる側」とすると、2017年時点の人口構成では、現役世代5.1人で1人の高齢者を支えることになり、少子高齢化問題は、約20年前の1990年代の人口構成状態まで緩和されます。2065年でも現役世代2.4人で、1人の75歳以上の高齢者を支えることになり、現在の人口構成の水準に戻せます。

現在は、70歳定年制度を導入しましたが、いずれ早急に定年75歳として、働く意欲のある人は、生涯現役を続ける生き方が、標準になるでしょう。生涯現役で働きつづけるためには、自己責任で健康維持努力し、年金の掛け金を支払い続けますので、年金支払いや、医療・介護経費の大幅削減に役立ちます。生涯現役によって、介護支援を受けずに元気に生きられる健康寿命(男72歳、女75歳)が延び、平均寿命(男81歳、女87歳)も延びるでしょう。ピンピンコロリが達成できる確率が高まります。ただし、生涯現役の高齢労働者が、若年労働者や企業のお荷物にならないためには、職場においても、日々学び続ける生涯学習努力を続ける自己責任感が必要です。

「人は遺伝子の乗り物」 必要な自助努力と命の見切り

「人は遺伝子の乗り物」という定義は、イギリスの動物行動学者リチャード・ドーキンスが提唱した有名な言葉です。「生物のそれぞれの個体は、遺伝子が悠久の時間を旅するための乗り物にすぎない」。この言葉の意味するところは、「遺伝子に乗り捨てられた後の人間は、どう生きるのか?」そして、「乗り捨てられた人間の命の価値を、どう見るか?」。様々な問いを、我々に投げかけてきます。縄文時代は、子育てを終えたら30歳代で人生を終えていたようで、親の壽命が無駄に余ることなく、世代交代を完結していました。

短命の時代には、若い世代のために、エネルギー・食料資源、社会福祉財源、歴史的知恵の蓄積を次世代に残して、役割を終えた人々は退場し、効率よく世代交代が進んでいました。生物に雌雄があるのは、新しい環境に適応する能力を高めるために、雌雄の遺伝子を混ぜ合わせ、さらにその際に突然変異も誘発させて、自然淘汰に有利な遺伝子を創り出すためです。したがって、雌雄があるということは、生死があるということと同義です。老化は、遺伝子に乗り捨てられた後の個体に、資源やエネルギーの無駄使いをさせないため、個体の生命を強制的に終わらせるための自然の摂理です。

しかし個体は、自然の摂理に反して、遺伝子に乗り捨てられた後も、なお生きようと努力し、長寿化します。そのために地球上の人口が増えて、世代間扶養負担を激増させ、食料・天然資源不足問題、公害問題や地球温暖化問題などを悪化させました。その意味で、遺伝子に乗り捨てられた後の人間の命を、「命は地球よりも重い」とか、「患者を延命させるのが医学の至上の目的」などという考えは、世代交代を進めようとする自然の摂理に反している行為だと知り、その限界を認識する必要があります。

同時に、健康・長寿を求める健康法は、老化させて死に向かわせる自然の摂理を欺く必要があります。「まだ、自分はまだ現役で生き、すべて心身機能を日々使っているために廃用化させるな、心身を老化させるな!!」という信号を、自然の摂理がつかさどる自らの心身に、絶えまなく送り続ける必要があります。

遺伝子に乗り捨てられた後の人間の心身の機能は、老化することが前提に作られています。さまざまな健康維持のための身体のホルモン分泌は減少し、身体の細胞の更新機能は低下し、使わなくなった心身の機能は、さっさと廃用化させられてしまいます。老後を、「自然体で生きる」ということは、心身の諸機能の廃用化を進むのに任せて、老化を早め死に向かうことを意味します。

したがって、老化を先延ばしして元気に生きようとする健康法は、自然の摂理を欺くためのものです。日々、規則正しく、心身をまんべんなく使い続け、「まだ使用中」のシグナルを送り、廃用化の先延ばしを謀る工夫です。やがて、心身を使い切って自然衰弱し、その時が来れば、人は潔い命の見切りが必要です。「見るべきものを見た、やるべきことはやったと」感じれば、そろそろ身の始末をする旬かもしれません。

(つづく)

弁護士山内良治 兄からのサンデイ毎日「 人生100年時代を生ききるための、“気づきの経済学”その2」(後編)

人生100年時代は、様々なリスクが生じやすくなります。が、すべての災いや苦難も、最後の砦となるのは、いかなる時でも「自分の考え方次第」であるという、主体性が発揮できる世界観を持つことです。

豊かな世界観が生み出す「第二の人生の幸福の条件」

第二の人生を幸福に生きる条件として、生きがいを持つこと、応分の老後生活資金があること、豊かな人間関係を持つこと、健康であることが挙げられます。この4つの条件がすべて揃わなくても、いくつかの条件に恵まれれば、満たされた条件を巧みに組み合わせて、幸福に生きられます。カネが足りなくても、人間関係に恵まれれば、共に助け合い、分かち合って楽しく生きられます。

人間関係に恵まれなくても、隠者のように孤独と付き合い上手なら、自由時間を楽しみ幸せです。幸せに生きるには、現在与えられた生活環境の中で、幸せの条件をどう見つけ出し、組み合わせるかという、世界観のしなやかさが、問われています。「幸せの条件のポートフォリオの選択」は、それぞれの世界観にかかっていますから。

また、高齢者には、蓄積された豊富な人生体験と知識があります。また、深い洞察力と直感的総合判断力、さらに豊かな感性と他人への感情移入能力が身についており、人に対して、寛容になれる潜在能力もあります。さらに現役を退いて、つつましやかな隠遁生活に入ると、「足るを知る」価値観も身につきます。過度な欲望に惑わされず「物事をありのままに見る」認識能力が向上します。これら古くから「老人の知
恵」として尊敬されてきました。

世俗の欲望から解放されて、物事を世界をありのままに見ることができれば、楽に生
きられます。様々な争いごとや諸問題は、様々な私利私欲が絡んでいるために、複雑で解きがたく見えますが、利害を離れた第三者の立場で見ると、簡単に本質がつかめます。

世事にとらわれずに、緩やかな高齢者の生活時間の流れの中で、「しみじみと、もののあはれを知る」能力や、「物の本質をあきらかに把握する」という「あきらめる」能力が高まっており、様々な喜びが見いだせます。すべての存在は、46億年の進化の末に、地球上に今存在して出会うのですから、それに気づくと、すべてが貴重で完璧な存在です。大切なのは、高齢者にはそのような能力と好機に恵まれていることに、気づき自覚することです。気づけなければ、ただのガラクタを見て繰り言を並べる、愚痴っぽい老いぼれとなり、認知症も近いでしょう。

生涯、鍛え続けた高齢者の鑑識眼や認識能力の高さを示す例として、陶芸家一五代楽吉右衛門の自伝の中のエピソードが、心に残ります。97歳でなくなった画家中川一政が催した茶会の席で、画家の自作の茶碗に対して、吉右衛門が感想を述べた時のこと
です。

中川は、すかさず、「君、年いくつだね」「36歳です」「まだオタマジャクシだな。君は喋らない方がいいよ」とぴしゃり言いました。通常なら、伝統ある楽家を継ぎ茶碗づくりのプロに向かって、容易には言えない言葉です。しかし言われた吉右衛門も納得し、今も、中川の茶碗の風格が目に焼き付いいるといいます。以後は、中川から尋ねられるまでは、言葉を慎みました。

その後、40歳台になって開いた個展の傑作を携えて、亡くなる前年に96歳の中川(先生)を訪問しました。以下は、吉右衛門の文です。

先生は、長い時間、無言で茶碗を触れ、手で感じて愛でる。やがて一言。「ちょっと痛いね」ただそれだけを言った。そして、硯と筆を用意して、「君、何か書いてみなさい」と言った。迷った末、「天」と一字書くと、「それでいいんだよ」。それが、先生と交わした、最後の言葉になった。あれから長い年月が経った。70歳の今、「ちょっと痛いね」が、ようやくわかる気がする。

中川は、画家でありながら書の名手です。茶碗から受けた「ちょっと痛いね」という印象を、得意の書の世界を介して、吉右衛門の心情と読み合わせて、再確認しようとしたのでしょう。いずれにしても、中川と吉右衛門が、相互に直感的洞察力を働かせながら、作品をめぐって深く理解し合い、真剣に想いを交わしている様子が伝わります。

この中川が放った言葉を、70歳になった吉右衛門が、ようやく理解できたというやり取りの中で、「やはり、高齢にならないと分からない大きな世界がある」ことに、気づかされます。私も、高齢者に開かれる大きな世界を、少しでも実感しようと、生涯学習を続けています。

このような高齢者能力を十分に発揮するには、日常生活において、世界を理解しようとする「what’s new」の学びの努力を続けることが不可欠です。日々、新規発見のない「ぬるい生き方」をしている高齢者が、古い自己の知識や体験を、思い出話として他人に披露しても、決して歓迎されません。

時代遅れの古着を押し付けられたようで、聴き手には、古臭く煩わしく、迷惑でしょう。人が高齢者に求めている情報は、過去の繰り言ではありません。自戒も込めて、気を付けなければなりません。

若い人たちが高齢者に求めるのは、現在をよく生きるために必要な、異なる視点からの助言です。今をよく生きようと、必死で情報探索している経験豊富な「高齢者の知恵」ならば、同じ目線で世界を観ているため、若い人たちの気づきには有益でしょう。

講演の紹介は、次回も続きます。それではまた。

山内一三 記

(弁護士山内良治 兄からのサンデイ毎日「 人生100年時代を生ききるための、“気づきの経済学”その2」終わり)

弁護士山内良治 兄からのサンデイ毎日「 人生100年時代を生ききるための、“気づきの経済学”その2」(前編)

お元気ですか?

今回は、前回に続いて「人生100年時代を生ききるための、気づきの経済学」の続編です。

生命活動の本質は情報処理

「人類の存在理由は何か?」米国・アリゾナ州立大の女性物理学者サラ・ウォーカーによれば、「私たち人類の存在意義は、常に進化するアルゴリズム(問題解決のための手順)」だと定義します。すなわち、「生命の本質は、良く生きるために、自分を取り巻く環境の中から必要な情報を探し出して、その情報処理によって生きるに必要な問題の解決手順を求めること」です。生命の本質は、この情報探索です。

彼女の説は、幼い子供が物事を学ぶ姿に典型的に見られます。幼児は、まだ情報に飢えていて、日々家中のものを、手当たり次第探り回ります。身の回りの物をなめたり、いじったり、壊したりしている姿は、自分が住む世界についての情報探索している本質的な生命体の姿です。我々の日常の行為である生命維持のための衣食住の探索、次世代に遺伝子を送るための異性の探査など、すべては情報探索行為です。

自分が住む世界の情報探索がうまくできず、周りとのコミュニケーションがとれず、自分が求める問題解決手順が見つからない場合は、生命体は環境に適応できず、生命力は委縮してしまいます。人は引きこもりや鬱病など精神異常に陥ります。その意味では、「心身の病気は、精神的疾患や肉体的疾患によって、情報探索による問題解決の手順を見つけることに失敗している状態」で、生命の危機です。

「人類の生命の本質は、人類を取り巻く環境から情報を探索し、処理すること」であるため、我々の文明の進化の方向は、より高度に情報処理が出来る高度情報社会へと向います。高度情報社会で、良く生きるということは、的確な情報探索能力を持つことです。

高齢者と言えども、情報機器の操作は必須です。社会の情報に背を向け疎くなると、徐々に社会から孤立し、生きる世界が理解できなくなり、生きる喜びを見つけられずに、終にはゴミ屋敷に引きこもり、認知症が進み、死を早めてしまいます。

「良く生きる」ということは、「良き情報探索をする」ことと同義です。退職すると、第二の人生を自覚して、良き情報探索をするために、仕事中心の世界観・価値観から、隠遁生活に合わせた世界観・価値観へと再構築する必要があります。第二の人生は、隠遁者として社会的責任や仕事の制約を外れ、より自由な立場で、「what’s new」(目から鱗の新しい真理)の学びができます。

自由な学びの時間が増えて、新たな知識が加わると、現役の頃の知の体系が日々更新されて、第二の人生にふさわしい「新しい知の体系」が、再構成されていく快感を味わえます。現役時代には、忙しさと様々な世俗の欲望に捉えられて、見えなかったものが観え、聞こえなかった自然からの声が聴きとれるようになります。このため、隠遁生活に入ると、情報量が一気に増加し、知的好奇心が刺激されます。

人生観や世界観が豊かになると、不確実な生活環境であっても、情報選択の自由度が高まるため、融通無碍に環境への適応能力が高まります。生きることに「快」を見つけ出す豊かな感性を身に着けると、生きようとする生命力が高まります。

もし、不幸にも事前に準備した人生のシナリオに狂いが生じ、生活資源の予測が外れても、豊かな世界観を持っていると、しなやかに人生の苦難を乗り切ることができます。オーストリアの心理学者ヴィクトール・フランクルが発見した「主体的に生きること」の意味が理解できると、身におこるすべての不幸にも、他人のせいだと恨んだり、めげることなく生きることができます。

戦時中にナチスに捉えられて、拷問を体験した心理学者のビクトール・フランクルは、主体性を発見しました。ある日のこと、フランクルは、裸にされ、小さな独房に入れられました。彼は、物理的にはすべてを奪われましたが、ナチスの兵たちも、決して奪うことができない「人間最後の自由」を発見します。

それは、収容所で拷問されている自分を、「観察者」として、客観的にみることができる別の自分です。別の自分の人格は、拷問などによっても傷つきません。

フランクルは、知性、感情、道徳観、記憶、想像力を駆使することによって、拷問時にも人格が傷つけられずに、観察者として客観的に状況を把握することができました。そして、学生の前で、目前の拷問体験を例に引き、心理学の講義をしている場面を想像していました。彼の毅然とした独房での態度は、他の収容者たちや、看守すらも感化しました。

想像を絶する過酷な環境の中でも、人間は、人間だけが持つ様々な精神力を駆使して、「与えられた環境からの刺激と、それに対する自己の受け取り方(反応)の間には、意志による選択の自由がある」という、人間の行動の本質となる基本の原則の発見でした。

(つづく)